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「 30分で解る『三国志』 (全4回)」
-その3(1/2):「その後の三国志 」-

『レッドクリフ』つまり『赤壁』の戦いが終わってからの劉備、孔明、曹操、孫権、周瑜のその後はどうなったのでしょうか?

曹操は長江の支流の漢水(かんすい)のほとりの襄陽(じょうよう)の地まで後退して、そこで態勢を立て直します。

襄陽はかつて孔明が劉備に『三顧の礼』で迎えられるまで住んでいた隆中の隣の城市です。

戦いの勝者の劉備と孫権は、微妙な関係になったものの、表向きは協力関係を続けます。

孫権は劉備を丸め込もうと、映画にも登場したじゃじゃ馬娘の妹を劉備に嫁がせます。

周瑜は、まだ劉備が手をつけていない「蜀」(現在の四川省)の攻略に出発しますが、途中、巴丘(はきゅう)で病の床につき36歳で生涯を終えます。

このとき孫権は28歳。周瑜を頼りにしていた孫権は途方にくれます。

その隙を狙って劉備が「蜀」に触手を伸ばすと、タイミングよく「蜀」の実力者であった劉嶂(りゅうしょう)から劉備の蜀入りを勧める手紙が届きます。

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