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「 30分で解る『三国志』 (全4回)」
-その4(1/2):「時代の終わり 」-

劉備の死後、「蜀」の国作りに専念した諸葛孔明は、建興5年(227年)、いよいよ北方の「魏」を討つべく兵を挙げます。

この時、成都に残る劉禅(りゅうぜん)皇帝は21歳。

後のことが心配でならない孔明は、留守の心構えを劉禅に説いて聞かせます。

これが有名な『出師の表』(すいしのひょう)です。

先代皇帝劉備と自分との結びつきから説き起こし、皇帝としてとるべき態度や留守中、相談相手とすべき臣下の名前を列挙するなど、孔明の劉禅に対する誠意が切々と伝わる名文です。漢文の好きな方はぜひ一読していただきたいと思います。

「魏」との戦いは容易に勝敗が決まりません。

7年にわたって戦いが続きます。

「魏」の将軍司馬仲達(しばちゅうたつ)は、呉の名将周瑜(しゅうゆ)亡き後、孔明の一番の好敵手になった知将です。

両者、最後の戦いの舞台は渭水(いすい)南岸の高原地帯である五丈原(ごじょうげん)。お互いに総攻撃をかけないまま3ヶ月余りにらみ合いが続き、陣中で病を得た孔明は2 34年8月ついに帰らぬ人となります。

孔明54歳の夏でした。

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