小沢一郎氏無罪の判決は、当然予想していたとはいえ、その通りになって、正直ホッとしました。翌日の今日4月27日が民主党の誕生日と知っている人は少ないのではなでしょうか。
1998年、当時の内閣総理大臣は橋本龍太郎氏。前年の12月に野党第1党だった新進党が解散して、この年の1月8日、旧民主党、新党友愛、国民の声、太陽党、フロムファイブ、民主改革連合の6党が「民友連」を結成しました。
新進党が解散して、「小さな野党の林立では巨大な自民党には対峙できない。国会開会前に野党は団結しようと統一会派を組み、議員がそれぞれ国会審議で共同歩調をとるうちに、新しい政党を作ろうという機運が盛り上がり、3月に統一準備会が組織されました。
ここで「理念・基本政策」、「組織・規約・財政」、「選挙対策」の3つのテーマについて、およそ1か月間、議論を重ね、4月27日の結成大会にこぎつけました。新しい民主党の登録メンバーは衆議院議員93名、参議院議員38名。もちろん野党第1党です。
民主党が、その後さらに大きな勢力となり、政権交代の実現が可能性を持つ契機になったのは、2003年9月の自由党との合併です。これは、鳩山由紀夫氏が代表の辞任と引き換えに提案したもので、実現には大変な党内議論がありました。その後、民主党代表菅直人氏と自由党代表小沢一郎氏の間で、合併の調印式が行われ、所属衆議院議員は138名、参議院議員は69名の政党の誕生となりました。
それから6年、1998年の誕生から数えて11年の歳月を経て2009年8月30日の総選挙で、民主党は念願の政権交代を実現したのです。
改めて指摘するまでもなく、政権交代は一日にしてなったのではなく、多くの議員、候補者、そして党員、サポーターの11年間の血と汗の努力と「民主党に政権を担わせてみよう」との国民の後押しがあったからです。
最近、大連合や新党結成、政界再編の文字がマスコミを踊っていますが、民主党の歴史を見ても、これらの動きはそんなに簡単に実現されません。私たちは、民主党がどうしたらもう一度国民の信頼を得られるようになるかを真剣に考えるべきでしょう。
衆議院議員 海江田万里