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 万里センセイの海馬

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 【海江田万里 プロフィール】
●1949年 東京生まれ
●1972年 慶應義塾大学法学部政治学科卒
●1993年 衆議院議員選挙(東京1区)に日本新党から立候補、初当選。
●2004年 岡田克也代表による新体制のもと、ネクストキャビネット(次の内閣)厚生労働大臣に就任、民主党の年金改革案づくりに尽力。岡田代表の再選に伴い、ネクストキャビネット(次の内閣)経済産業大臣に就任。
●2005年 衆議院議員選挙で惜敗
●血液型 AB型  ●趣味 絵画鑑賞、映画鑑賞、読書、漢詩  ●スポーツ 野球、剣道(二段)
●座右の銘 人生意気ニ感ズ  ●公式HP http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kaieda/
今月のお話(全4回)
  「ワタシと競馬と、しばしば、オトン」
―その3 九州男児の父からのミッション―
 当時から、比較的背は高かった私ですが、ブレザーを着たからと中学生が大人に見えるはずはありません。それでも鹿児島出身の父の命令は我が家では絶対服従でしたから、それからは、このブレザーを着て新宿の馬券売り場に通うことにしました。そんな私が家を出る際に不安そうな顔をしていたからでしょうか、父は自分の名刺に「この者は小生の息子です。小生の依頼で馬券を買いに来ています」と書いて、「もし警察に捕まったら、これを見せろ。これがあればお前に罪はないことが分かる」と言うのでした。

【ちょこっとメモ】
JRAの場外馬券売り場の呼称が「ウインズ(WINS)」になったのは昭和62年4月のこと。写真は現在のウインズ新宿(と受付嬢)です。
 父の名刺を胸のポケットに入れ、ブレザーを着て、新宿の場外馬券売り場に行ったその日は、誰からもとがめられることは無く、無事に任務を達成して家に帰りつきました。このブレザーを着ての場外馬券売り場への往復は、その後5回ぐらい繰り返した覚えがあります。やがて私自身の高校受験勉強が始まり、父も私に馬券売り場への買出しを頼まなくなりました。

 競馬の世界に「ノミ屋」という不思議な職業があることを知ったのは、それから暫くしてからです。私が場外馬券売り場に行かれなくなったので、二日酔いの日、父はどうしていたかというと、電話に向かって馬券の注文をしていたのです。

 今でも偶然聞いたその不思議な電話のやり取りを覚えていますが、電話口で「野上の関係のものです」と名乗り、「8R、2−3、1000円、9R、4−5、1000円」と馬券を伝えていました。「野上」という人物がどういう人か、私には判りませんが、とにかくその名前を合言葉に、馬券をノミ屋に発注していたのです。もちろん、当時からノミ行為は競馬法で厳しく禁止されていますから、勧められることではありませんが、現在のような電話投票ができるずっと以前のことでもあり、場外の馬券売り場もない地方の人はノミ屋を利用していた人が結構多かったようです。

つづく
 
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「馬に魅せられた画家・作家たち in the world」
     08.01.31 「―その4 ジェリコ-をご存知ですか?―」
     08.01.24 「―その3 坂本繁二郎をご存知ですか?―」
     08.01.17 「―その2 徐悲鴻をご存知ですか?―」
     08.01.10 「―その1 テレスコビッチをご存知ですか?―」
新春特別号
     08.01.03 「今年は香港でオリンピック馬術見学!?」
「ワタシと競馬と、しばしば、オトン」
     07.12.27 「―その4 場外の帰りに出会った運命の出来事―」
     07.12.20 「―その3 九州男児の父からのミッション―」
     07.12.13 「―その2 灰色のブレザーを着た中学生―」
     07.12.06 「―その1 「皐月賞」を題材に句を詠む小学生―」